洋野町観光協会

文化

ナニャドヤラ

004.ナニャドヤラ “ナニャドヤラ”は、青森県南部から岩手県北部に伝わる日本最古の盆踊りとも言われています。「ナニャドヤラ、ナニャドナサレノー・・・」と、呪文のようなフレーズが繰り返される歌の由来については、いくつかの説があります。民俗学者の柳田国男は、女が男に向かって「どうなりともなさるがよい」と呼びかけた恋歌だと言い、言語学者の金田一京助は、方言が崩れた言葉という説をとっています。ほかにも、ヘブライ語の行進曲からきているもので、大和民族を打ち負かすときに歌った進軍歌だという説もあり、謎めいた歌の不思議は深まるばかりです。
大正9年8月、種市の小さな旅館に泊まった柳田国男は、この盆踊りの鮮烈な印象を「浜の月夜」と「清光館哀史」という短編に著し、後に高校の教科書に掲載されたことがきっかけで、広く全国に知られるようになりました。現在も、洋野町には“ナニャドヤラ”が受け継がれており、お盆や祭りになると小さな集落でも踊っています。また、毎年8月に開催される種市夏まつりで“ナニャドヤラ”の流し踊りが行われるほか、大野地区でも、8月18日に岩手・青森・秋北の旧南部領内から参加する「北奥羽ナニャドヤラ大会」が開催され、各地区の特徴ある踊りを一度に楽しむことができます。

駒踊り

005.駒踊り かつて、この地方では馬を野原に放し飼いにしていて、2歳になると家に連れて帰りました。その馬たちを集める野馬取り行事を舞踊化したのが種市に伝わる「角浜駒踊り」の発祥といわれ、馬産信仰が農閑期の娯楽として伝えられてきました。12人が円陣を作って踊る“駒踊り”と、棒などを持って踊る「棒舞」があり、それぞれ7種類の演目があります。
一方、大野の“駒踊り”は、江戸の子どもたちに流行していた馬頭のついた竹馬遊びが入ってきて集団化したのが始まりと言われています。慶応の初め、鳴雷神社の祭典を最大にするため“駒踊り”が参加し、その際に駒の飾りに幣束をつけたのが今日まで伝えられています。 

瀧澤鶏舞

007.瀧澤鶏舞 風流念仏踊りの一種で、うら盆の精霊供養のために踊られる鶏舞は、岩手県では唯一、種市の瀧澤に伝わる貴重な民俗芸能です。由来は古く、高天原の天の岩戸開きにより、天照大神が岩穴に隠れたときに、鳥が鳴き踊った様子を表しているという説と、姥捨山に捨てられた父母の霊を弔った踊りという説があります。華やかな衣装をつけた華麗な舞が印象的で、10種類の演目があります。

和座神楽

008.和座神楽 旧南部領に属した岩手県から青森県にかけて見られる山伏神楽の一つです。種市の和座地区に伝わる神楽であることから、正式には「八龍権現和座神楽」と言います。藩制時代、和座の八龍権現は二万石の八戸藩からことにも大事にされたので、通称「二万石権現」とも呼ばれていました。
江戸時代の初めは全国をめぐり歩き、山伏の免許を手に帰ってきた種市家の先祖が、西光坊と名乗って祀ったもので、この神楽は「権現舞」をはじめとした12もの舞型で構成されています。
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南部もぐり
瀧澤鶏舞